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  • blog “夢の巷”
    日々の感想文。

    エレファントカシマシのファンになって1○年。しかし最近はチケットがとれにくくなってきたためめっきりライヴには行かなくなってしまいました。
    近年は歌舞伎マニアと化すが、新歌舞伎座も開場し歌舞伎熱もやや沈静化。

    好きな役者さんは播磨屋=中村吉右衛門、中村歌六、中村種之助、中村米吉。萬屋=中村時蔵、中村梅枝、中村萬太郎。音羽屋さん、大和屋さん(三津五郎さんの方)も好き。上方の松嶋屋、山城屋さんもいけます。

    一番深く関わっているのは美術。ジャンルにこだわらず展覧会に足を運んでいます。
    (プロフィル写真は夜の旧歌舞伎座。)

    メールは hanaotoko [@] zoho.com まで
    (文字の間のブランクとカッコをはずして下さい)
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五月大歌舞伎@新橋演舞場(夜の部・二回目)

今日も歌舞伎を見に行ってきました。今月の観劇回数は数えてみると通算7回。
再来月以降二か月ほど歌舞伎謹慎(笑)の予定。

新橋演舞場での「東海道四谷怪談」は今月上旬に見て大変な衝撃を受けてしまい、
正直躊躇したが結局見に行くことにする。
今日は歌舞伎座・新橋ともに千穐楽、しかし新橋はこころなしか二等席に空席多め。
テンション低めのまま席に着いて、二幕・伊右衛門浪宅の場での福助丈の可愛子ちゃん
演技(カマトトともいう)がフルスロットルだったので、あー、今日もシムケン
お岩さんか~と半ば諦めの境地だった。

が、なななんと、今日の福助丈は別人だった!!!
先日のエントリーに書いた突っ込みどころをことごとく修正していたように見えた。
マグマ大爆発演技、クリア。ドリフの酔っぱらいコント、クリア。
ついでに小平の志村声まで修正していた。お客を笑わせても、決して笑われてはいない。
とにかく目に付いたやり過ぎ感を抑え、ちゃんと哀れで怖いお岩さんになっていた。
そのせいか二幕の最後まで客席の緊迫感が途切れることはなかった。
(元の浪宅の場では多少演出を変えていたような気もするけど気のせい?)

その結果、二幕での陰惨なトーンが損なわれることなく、続く三幕での伊右衛門の
悪が一層迫力を増したと思う。今日ようやく「首が飛んでも動いてみせるわ」の
台詞が腹に響いた。
隠亡堀の場、吉右衛門丈だけでなく、段四郎丈、京蔵丈、芝喜松丈、どの役者さんも
良かった。だんまりのシーンが無茶苦茶格好いい。
そして問題の大詰め、蛇山庵室の場のお岩さん出現シーン。
ここでも福助丈は"ショッカー声"をなんとか修正していて、見ているこちらも椅子から
ずり落ちずにすんだ(苦笑)。
お陰で最後まで手に汗を握りながら、吉右衛門丈のとことん強烈な業の深さと悪の美を
存分堪能することができました。
このリカバーっぷりに、(特に好きな役者さんではないが)丈のことを少し見直した。
全くおみそれしましたm(__)m>福助丈

前回お付き合いいただいた友人に早速このことを報告すると、
「良かったですね!あれで終わってたら『8時だよ!四谷怪談♪』で終わってましたね」
との暖かい返信が。
っつーか「8時だよ!四谷怪談♪」て言い得て妙すぎだよ!

しかし日が開いているとはいえ、ここまで印象が違うのはなぜなんだろう?
席の場所によって印象が違うとすれば、今回の感想も全く当てにならないことに
なるが…(前回は2階、今回は1階)。
もし福助丈のやり過ぎ演技が一部修正されたのだとすれば、ひとつ疑問が。
いつの時点でお直しが入ったんだろう?個人的にはそれがすごく気になります。
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実に不可解

某F丈のことをあれだけぼろくそに書いてしまってやや気が引けています(ホントか)。
そのうちまた感想を書きたいと思っていますが、その前に気になっていることを。
歌舞伎にのめって本当に日の浅いひよっこだが、色々釈然としないことがある。
自分の悪い癖で、余計なところまでを観察してしまうのがそもそも良くないと判っては
いるのだが。

歌舞伎座での團菊祭を昼夜ともに観たのだが、なんだかお客さんがおかしい。
夜の「青砥稿花紅彩画」通しの蔵前の場で特に顕著だったのだが、本来笑う場ではない
ところで笑う人が多すぎるのだ。

十数年前生き別れた二組の親子が盗賊と大店の主人/息子という形で数奇な再会を
遂げるという、ストーリーの転換点であり、一種悲劇的ともいえる場面で、どっかん
どっかん笑いが起こる。
しかもくすくす笑い、ではなく盛大な爆笑である。

二十年前、何もわからないながら同じ演目を同じ場で見たことがある。
さすがに細部までは覚えていないが、こんな風にお客が笑ってはいなかったと思う。
もちろん私自身大笑いした記憶はない。
ゆめ歌舞伎通ぶるつもりなどないが、何がそんなにおかしいのか、本気で判らない。
こういった「隠されていた身分が実に都合良く、ドラマチックな形で明かされる」と
いう展開は歌舞伎ではごくありふれていると思うし(詳しくないので間違っていたら
スミマセン)、それを笑われてはそもそも歌舞伎が成り立たないとすら思うのだが…。

たまたま成田屋親子が生き別れた親子役を演じていたからといって、爆笑するほど
おかしいシーンだろうか。第一あの場面を笑い飛ばされてしまっては、演じている
役者さん達も立つ瀬がないんじゃないですかねぇ…。
(*以前のエントリーで書いた某F丈は現代のコントの感覚がどう見ても入っているので、
あそこで笑いが起きるのはある意味仕様がないと思う。←おい)

こういうとき、「歌舞伎は大衆芸能」と免罪符のように言われるけど、江戸の大衆と
現代の大衆の感性や前提とされている知識が同じな訳がない。
それをひと絡げに語るのは全くの誤りであると思う。
現代のおじちゃんおばちゃんが普段テレビを見慣れている感覚で蔵前の場を見れば、
あれが一種の時代劇コントのように見えてしまうのも無理はないかもしれないが、
歌舞伎とコント風味の時代劇は似ている点があったとしてもやはり別物だ。
「笑うお客」は歌舞伎を見る人の感覚が明らかに変質していることの徴しであり、
それはつまり古典歌舞伎の危機を意味するんじゃないだろうか。

なーんて、大変偉そうなことを書いてしまったが、所詮初心者の暴論、お目こぼし
頂ければ幸い。
人の感覚は様々、笑えないからといってそれを云々するのは野暮な事なのかとも
思いつつ、それってどうなの、という疑問はどうしても拭えません。
腹が立つとか許せない、というよりは、ぎょっとする、とか気味悪い、に近い感覚
なのですが…とはいえ独りごちてみたところで多勢に無勢、なんか空しい。はぁ。


自己レス。
笑う人たちは、目に見える直接的な現象に対し条件反射で笑っているのかも。
17年振りに肉親関係が判明した親子→成田屋という実の親子がやっている→笑う
忠信利平の台詞「餓鬼の頃から手癖が悪く」→言い回しがおもしろい→笑う
う~ん、テレビ的なリアクションか…。

五月大歌舞伎@新橋演舞場(夜の部)

同日、夜の部の感想です。
実はこちらが自分にとっての大本命だったのだが…。

「東海道四谷怪談」通し上演ということで、吉右衛門丈初役の民谷伊右衛門も
楽しみだったし、お岩さんがどんな風に演じられるのかにも随分前から期待していた。
それが終盤、あんな形で崩れようとは。

吉右衛門丈は色悪という感じではなく、終始大きな悪人に見えたが、別にそれが
おかしいとは思わなかった。次々と手際よく人を陥れ、殺めていく悪人振りが
いっそおもしろいと思った。
序幕、舅の左門が伊右衛門の悪事を口にした後花道を引っ込むが、左門を見送る
伊右衛門の目に悪人の本性が顕われる瞬間があり、見ていて思わずぞくぞくした。

随分前、納涼歌舞伎で勘三郎の「東海道四谷怪談」通しを見たことがある。
お客さんが最初から盛り上がる気まんまんで、怪談も何もない明るい空気に、
ビジターならではの違和感を感じたことがあるが、今回は少なくとも終盤近くまでは
福助丈がけなげで哀れなお岩さんを熱演し、こちらもお岩さんに対して感情移入が
できていた。

が、二幕目第三場、浪宅の場で何かが狂いはじめる。
偽りの不義を仕掛けた宅悦(歌六丈)から事の次第を知らされたお岩さんは、
次第に伊右衛門への怒りを募らせる。
これが沸々とわき上がってくる怒りを抑え抑え、という演技ならまだ判るのだが、
福助丈のお岩さんはここで激怒!絶叫!大暴れ!するのである。
??お岩さんてこんな激情キャラだっけ??
?マークがが脳内をグルグル…宅悦も脇で心なしか引いているような…。
わたしゃこのままお岩さんがフライングしながら伊藤宅に殴り込みにいくんじゃ
ないかと思いましたよ。
(実は、DVの夫に逆襲する激情妻、という現代的な読み替えだったりして。)

気を取り直して身だしなみを整えるお岩さん。
お歯黒をつけようと歯を磨くのだが、盥の前でワンテンポおいて「お、おえぇぇぇ~」。
それってドリフだから!志村けんだから!
このあたりから客席に笑いのさざ波が立ちはじめる。

毒薬のせいで手が震え、うまくお歯黒がぬれない。口から鉄漿がはみ出す。
ここでもオーバーリアクションで宅悦を驚かすお岩さん。
…い、いかん。せっかくの哀れさが。折角の悲しみが。
有名な髪梳きの場面。櫛に髪の毛が絡み、ばさばさと抜け落ちるというシーンだが、
お岩さんは櫛が引っかかる度に「イタッ!イタタッ!」と連呼。客席笑い。
こうなるともうドツボも同然、努力が空回りの悪循環。

極めつけは大詰の蛇山庵室の場。
回向の念仏を唱える人々の前に赤子を抱いたお岩さんの亡霊が現れる。
伊右衛門が我が子と思って抱いた赤子が一瞬にして石地蔵に変わるのだが、
それを横目で見ながら立ち去ろうとするお岩さんがいきなり
「イーッ!イーッ!」。
思わず椅子からずり落ちそうになる。客席、失笑。
(一緒に見ていた友人曰く「あれってショッカーすか?」)
歌舞伎に詳しい知人によると、これは「幽霊の不気味な笑い」を見せる有名な
シーンらしいが、何をどう聞いてもあれはショッカーの叫びだった。

吉右衛門丈は柄にない極悪人を演じ通しているのに…。
脇の人たちはみんないいのに…。
なのになぜ最後の最後でお笑いに?

誰が悪いという話ではなくて、ただ運悪く、福助丈が演技の間合いをことごとく
はずしてしまっただけなのかもしれない。
でも、一月も二月も前からこの日を楽しみにしていた身としては、何とも口惜しい。
今回の為に奮発して一等席も取ったのに、お客に笑われるお岩さんなんて見たくない。
宅悦とお岩さんの哀しくも恐ろしい掛け合いや、伊右衛門をちゃんと(笑)
恐ろしがらせるお岩さんが見たいだけなんだよ~。
期待とは裏腹の、なんだかアメリカン・ホラーなお岩さんだったのでした。
(なんだかんだ言いながらもう一度見に行くんですけどね。)

五月大歌舞伎@新橋演舞場(昼の部)

前々から楽しみにしていた五月大歌舞伎に行ってきた。
記録用メモなので所々が意味不明かもしれませんがご容赦を。

昼の部。
「毛谷村」は染五郎・亀治郎の若手コンビ。
 亀ちゃんは、上手いは上手いんだけれどちょっと頑張りすぎなのか、今ひとつ場から
 浮いているように見えた。
 関係ないが亀ちゃんの顔が結構コワい(笑)。もっと可愛く作った方が似合うと思う。
 吉之丞さんは相変わらず気品があって素敵だ。
 染五郎の生着替え、昨年の「清水一角」に続いて二回目の遭遇。

「藤娘」愛嬌が溢れている、とも言えるが、そこはかとない大衆演劇風味を感じた。
「三社祭」お面をつけてからは亀ちゃんの独壇場。切れの良い動きを堪能しました。
「勢獅子」歌昇さんうまいなぁ。三階さんが大活躍だった。
     手古舞の京妙さん(=出雲の阿国)と段之さん(=三条夫人の侍女)を見るとも
     なくつい注目してしまった。

「一本刀土俵入り」酌婦の芝雀さんというのは最初イメージが湧かなかったが、
 荒んでいてもどこまでも情の深いお蔦さんで見ていてじわっときた。
 吉右衛門丈はやっぱり懐が深い。演じる人物の線が太くて大きい。
 前半と後半の変貌振りが見事で、とりわけラストの立ち姿の美しさに見惚れた。
 敵役の歌六さんも柄の大きな悪を演じていて、こちらもまた素敵だった。
 澤村由次郎さん、時々惚けの入るじいさん役が持ち役になってきた?
 種太郎君は若さの持つ危うさを感じさせる役者さんでいつも気になっている。
 7月の歌舞伎鑑賞教室も楽しみです。

全体的にやや地味かなと思ったが、最後の「一本刀」が素晴らしかったのもあって
見終わった後に確かな充実感があった。

記録用メモ(展覧会編)・2008年4-5月

覚え書き。
このところ比較的ハイペースで展覧会を見て回っている。
印象に残った展覧会いくつかについて。

「ガレとジャポニスム」@サントリー美術館
 極端に光量を抑えた会場に、ガレの作品がスポットライトを受けて輝いている
 インパクトの強い展示だった。
 2005年のエミール・ガレ展が代表作を集めてガレの生涯を通観する形式だったのに
 対し、こちらはガレと日本美術にテーマを絞り、以前のガレ展に出品されていなかった
 作品や、参考にしたと思われる日本の作品を併せて見ることができ、非常におもしろ
 かった。
 でも一番感動したのは乾山、光悦/宗達だったり(笑)。

「四大浮世絵師展」@大丸ミュージアム
 圧倒的な質量の個人コレクション展。
 写楽・歌麿・北斎・広重ほかの浮世絵を展示しているのだが、どれもとにかく刷りと
 状態がべらぼうに良い。こればっかりは実物を見ないと絶対に判らない。
 そして「写楽のそっくりさん」コーナーが素晴らしく見応えがある。
 コレクターの方ご自身によると思われる愛に溢れた作品解説も読んでいて判りやすく、
 楽しい。大変にお得感(笑)のある展覧会。
 同じコレクターの「幕末浮世絵展」(三鷹市民ギャラリー)と比較してみると
 またおもしろい。

「ダーウィン展」@国立科学博物館
 ダーウィン個人に焦点を当てていて楽しい。
 それだけでなく、「種の起源」発表以来流布し続けている俗説の誤りを真っ向から
 指摘し、正そうと試みる内容で胸の透く思いがした。
 会期終了までもう一度見に行こうと思う。

京博の河鍋暁斎展を見ておきたかったのだが、時間もお金もないので断念する。
何回か展覧会を見ているが、まだ見ていない代表作の数々を見ておきたかった。
できれば東京にも巡回して欲しかった!

エレファントカシマシライヴ@C.C. Lemon hall(2008.5.3)

エレカシのライヴに行ってきました。

今回はとにかく客席の雰囲気が明るい。若く新しいファンが確実に増えているのだろう。
バンドへのストレートな期待と興奮が、メンバーの登場で一気に高まっていく様子は、
これまでにはみられないものだった。

そんな客の熱いフィードバックを受けた今日のエレカシは驚くほど確信に満ち、
包容力に溢れていた。
中盤、MCの途中でミーハーなチャリ掛けを繰り返すバカもいてイライラさせられたが、
そんな雑音を無視して宮本は演奏を進めた。有象無象すべてを包み込んでいってやる、と
いう心意気と冷静さを感じた。数年前と比べ、エレカシは確実に色々な面でスケールの
大きなバンドへと脱皮したのだ、と実感した。

ライヴは一曲一曲、とても丁寧に曲紹介をしながら進められた。
宮本のしゃべりには浮ついた感じが微塵もなく、真面目に、誠実に曲のことを伝えよう
としているのが伝わってきた。演奏も練習を繰り返したのだろうなと思わせる、力強く
綻びのないバンドサウンドだった。

セットリストはあちこちで出ているから略。以下、覚えていることを。
ヒラマ氏と蔦谷氏のサポがはいっていたので、「Dead or Alive」(ライヴでは何年ぶり
だろう?)も「今はここが真ん中さ」も音が華やかで分厚い。
全体を見ていると、今回サポに入ったg.のヒラマ氏は、本来宮本が弾くリード部分を担当
しているように思えた。そのぶん石君がリードパートを弾きまくる場面が少なくて
ちょっと残念だったけれど。

「今宵の…」は、いつもなら「♪新しい季節の始まりは」からギターが細かくリズムを
刻んでいるが、今回は若干アレンジを変えていたようだった。
いつもながら、曲に細かく手を入れている。

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二日連続

昨日は渋谷でエンケンのライヴを見てきました。
今日はエレカシ。ホールは「平成理想主義」ツアー以来か。
新しいファンも増えて、会場の雰囲気もかなり変わっていることでしょう。
さて、どんなライヴになりますか。
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