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  • blog “夢の巷”
    日々の感想文。

    エレファントカシマシのファンになって1○年。しかし最近はチケットがとれにくくなってきたためめっきりライヴには行かなくなってしまいました。
    近年は歌舞伎マニアと化すが、新歌舞伎座も開場し歌舞伎熱もやや沈静化。

    好きな役者さんは播磨屋=中村吉右衛門、中村歌六、中村種之助、中村米吉。萬屋=中村時蔵、中村梅枝、中村萬太郎。音羽屋さん、大和屋さん(三津五郎さんの方)も好き。上方の松嶋屋、山城屋さんもいけます。

    一番深く関わっているのは美術。ジャンルにこだわらず展覧会に足を運んでいます。
    (プロフィル写真は夜の旧歌舞伎座。)

    メールは hanaotoko [@] zoho.com まで
    (文字の間のブランクとカッコをはずして下さい)
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「風林火山」二回目感想

「風林火山」もとうに楽日を過ぎ、今更な感ありありですが前回の続き。
ちなみに見に行ったのは中日あたりです。

初見時の席は舞台全体が見渡せない前方の位置だった。
ごく近くで亀治郎丈の芸を堪能したのだが、思い立って二回目は思い切り
引いた位置を取ってみた。
それで気づいたこと。

まず空間の使い方。
前半、非常にシンプルな装置の舞台なのに、中央の盆(回り舞台)のあたりだけで
登場人物がちょこちょこ動いている印象。舞台の奥行きや拡がりをあまり効果的に
活かせていないような気がする。引きで見ると視覚的に単調に思えた。
上から見ていると、最前数列が異様に盛り上がっているのが目に付く。
亀ちゃんは寄り(クローズアップ)で見て素晴らしい演技をしていたけれど、引きの
距離までは想定してなかったのかな、などと失礼なことを考えたりした。
目を奪う大スペクタクルではない分、演出の工夫が重要なお芝居なのだろうと思う。

そして音楽。
録音なのはいいとして、時々音をかぶせすぎ、音量大きすぎ、と思う事があった。
濁った音色のヴァイオリンを大音量で聞かされるのはちょっと辛い。
かと思えば、見得の瞬間でBGMが途切れ、ツケの音のみになる演出もあり、これは
意表を衝かれておもしろかった。

距離のある場所からみると、亀治郎丈が意外なほど小さく見える。
歌舞伎座よりキャパの小さい劇場のはずなのに、集団の中にいると他の出演者の方々と
混じってみえてしまう(特に一幕目)。
とはいえ舞踊のシーンになると、動きのキレと美しさが抜きんでているので俄然
存在感が増すのだが、そこに到るまでが長く、見ていて正直ダレてしまった。
また前回も気になったのだが、武田信虎役の方が役所の割に印象が薄かった。
調べてみると新国劇の出身の方とのことで、いかにも芯のしっかりしたお芝居をされ
そうに思えるのだけれど、台詞が弱く、思いの外印象が薄かった。
脇の高橋和也、嘉島典俊、市川段之丈がやはり良い。高橋さんは立ち回りも見得も
決まっていた。
問題なのは、準主役の姫、か。初舞台がこれではハードル高すぎでしょう。
三条夫人は結構良かったのだけれど…。
あとは大井夫人か。存在感がめちゃくちゃ薄く、出し方が中途半端だと思った。
こんな風に、脇の方々にはかなり出来のバラツキを感じた。

でも、なんだかんだ言いながら後半はおもしろく見られた。
やっぱり動いている時の亀ちゃんは動きの美しさ故目が釘付けになる。
前回違和感のあった駒井も(だって轟轟天だし)、色々な意味で重要な役回りだと
納得もできた。
しかしこれを見て、やはり本歌舞伎の亀治郎丈が見たい!と心から思った。
という訳で、五月大歌舞伎が昼夜とも非常に楽しみです。

おまけ。
演劇はライヴ以上に観客の熱が舞台に反映するのだと思った。
二回目に見た位置は、回りの空気が少々冷えていて、それがなんとなく伝染って
しまった感じです。
できたら千穐楽も見比べてみたかった…。

そうそう、エレカシ野音先行は無事当選!
これで一安心だ。
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歌舞伎貧乏

どれだけ見れば気が済むんかい!と自分で自分に突っ込みを入れたくなりますが。

「風林火山」および四月大歌舞伎を見てきました。
再見の「風林火山」では前回気づかなかった気になる点が色々目に付きました。
それらの感想は二、三日後に書き改めてアップします。

歌舞伎座では時蔵さんの男らしさ(笑)と梅枝君の愛らしさに完全にやられました!

自分の中では歌舞伎もエレカシライヴも完全に同列なのですが、今は若干歌舞伎が
勝っているかな?
来月・再来月のキッチー祭りで更なる歌舞伎貧乏確定ですが、5月はエレカシや他の
ライヴにも出かける予定。
ロックと歌舞伎、どちらが自分にとってインパクトが強いのか、ちょっと見物ではあります。

歌舞伎界の宮本?

杉花粉の悲惨…もとい飛散はほぼ収束したが、今は檜の季節である。
花粉の季節もほとんど終わったとなめてかかって症状が再発。まだマスクが手放せない。

花粉症とはいえ、いろいろ外出の機会の多い今日この頃。
「南蛮の夢、紅毛のまぼろし」展@府中市美術館
「美術家たちの『南洋群島』」展@町田市立国際版画美術館
友人の歌の発表会@サントリーホール
…など見るべきものが多々あったが、なかでもハイライトは「風林火山」@日生劇場。

昨年の大河ドラマを武田信虎・信玄の親子関係に焦点を当てて再構成し、舞台化した
作品で、主演はドラマで武田信玄を演じた澤瀉屋・市川亀治郎丈。
正直、長大な内容をコンパクトにまとめなければならなかったため脚本に無理が
生じたり(特に前半が説明的で冗長な感)、脇の人の技量がばらばらだったりと
色々な問題点はあったと思う。
だが生の舞台では、主役の亀治郎丈の技と演技に目が釘付けになってしまった。
歌舞伎の技術といわゆる時代劇を融合させて、より新しくおもしろいものを
作り出したいという意図が明確で、それだけでもわくわくすることができた。

やはり歌舞伎というのはすごい。ツケ一つ、所作一つでそこに確固たる世界が
出来上がるというのは、大変な強度を持った技術だと思う。
この舞台はその技を性質の異なる演技の中に持ち込み、相乗効果を生み出そうとした
一種の挑戦ではないかと思った。
それがどこまで成功したかまでは今の私にはわからないけれども…。
でもそのチャレンジ自体がとても前向きでおもしろいことだと思う。

メディアなどでの発言を見るに、亀治郎丈は何より歌舞伎が好きで、自分がやりたいと
思う舞台を実現するためにはあらゆる可能性を追求し、決して妥協を許さない頑固さを
秘めた人のようである。
また彼はそんな自分のやり方に人一倍高いプライドを持っており、例えば通り一遍の
質問をするインタビュアーには容赦なくきつい切り返しや煙に巻く答えを返し、相手を
翻弄する天の邪鬼な一面を持っている。
…あれ、こんな人を前にどこかで見た記憶が…(笑)。
亀治郎丈に興味を持って情報を集めるうちに、私のなかでは、丈=歌舞伎界の宮本
浩次という図式がしっかり出来上がってしまった(ただし「昔の」という注釈付きだが)。

生憎「風林火山」はチケットの売れ行きが芳しくないようだけれど、これはきちんと
チェックせねばなるまいよ。
期間中、あと一回は見に行く予定。
ちなみに素敵だなと思ったのは市川段之丈。高橋和也も想像以上に存在感があってよかった。

3月の歌舞伎

やらなくてはならないのに出来ていないことが多すぎて、このところは時間と体力の配分を
考えながら動いている。
そのためエレカシの露出はほとんど追えていないし、その他のライヴにも行けていない。
エレカシに関して言えば、作品とライヴを知っていれば今は充分という気がするので、
全く惜しいとは思っていない。
まあメディアへの露出を確認するには色々な手段があるということで…(ごにょごにょ)。
今は5月のライヴと次作待ちでしばらく静観。

それより先月は「ちりとてちん」のラストを見届けることに熱中していた。
最終週の展開にはファンの間でも賛否両論が渦巻いていたが、私もにわかには納得できず
しばらくもやもやした口である。
しかし脚本家の藤本さんは見る者に安易なカタルシスを与えない&人生や人間の複雑に
矛盾した面をありのままに描く傾向があると思い至り、自分なりにあの結末が腑に落ちた。
人物や物語の単純化と予定調和を極力排する方ではないかと思われる。
そういうところが好きだ。

相変わらず歌舞伎には行っている。
ということで先月の感想(大分記憶が薄れてきているが…)。

第七十二回 歌舞伎鑑賞教室@国立劇場 大劇場
「芦屋道満大内鑑」
芝雀さんと種太郎君による葛の葉。
種太郎君は台詞をこなすだけでいっぱいいっぱいな感じは否めなかった。
だが全体にとてもきっちり丁寧に品良く演じていたように思えた。
ラスト、信田の森へ葛の葉を追おうとする最後の台詞には、若さ故の切羽詰まった熱情と
真摯さがこもっていて心打たれた。
芝雀さんも情愛の細やかな葛の葉で良かった。
ちなみに見に行ったのは千穐楽(噂によるとこの日キッチーが見に来ていたらしい)。
種太郎君のこれからがすごく楽しみです。

三月大歌舞伎(昼の部)@歌舞伎座
「一谷嫩軍記 陣門・組打」
一幕見。
藤十郎丈は若々しく、團十郎丈は大きく、遠目でも輪郭がはっきりしていて実に見応えが
あった。
そんな風に芯のお二人が素晴らしかったのだが、それ以上に印象深かったのが片岡
市蔵さんだった。
歌舞伎を見始めてまだ日が浅いものだから、平山の出のところで「顔は亀蔵さんだけど背が
低い…誰?」と思ってしまった(苦笑)。
兄の市蔵さんは失礼ながら正直これまであまりきちんと見たことがなかったのだが、声も
口跡も良く、敵役をとても魅力的に演じていた。
変な話、この演目では市蔵さんが一番印象に残っている。

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