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  • blog “夢の巷”
    日々の感想文。

    エレファントカシマシのファンになって1○年。しかし最近はチケットがとれにくくなってきたためめっきりライヴには行かなくなってしまいました。
    近年は歌舞伎マニアと化すが、新歌舞伎座も開場し歌舞伎熱もやや沈静化。

    好きな役者さんは播磨屋=中村吉右衛門、中村歌六、中村種之助、中村米吉。萬屋=中村時蔵、中村梅枝、中村萬太郎。音羽屋さん、大和屋さん(三津五郎さんの方)も好き。上方の松嶋屋、山城屋さんもいけます。

    一番深く関わっているのは美術。ジャンルにこだわらず展覧会に足を運んでいます。
    (プロフィル写真は夜の旧歌舞伎座。)

    メールは hanaotoko [@] zoho.com まで
    (文字の間のブランクとカッコをはずして下さい)
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アーカイヴ・リキッド雑感(2004.12.5記)

SEはビートルズ、ストーンズ、U2など。
舞台袖で懐中電灯の光が見えたと思ったらSEが消える。しかしメンバーはすぐに
出てこない。
長い間。フロアには興奮よりも、期待のこもった緊張が漂う。妙に静かだ。

ややあって宮本を先頭にメンバーが登場。ようやく歓声が上がる。
自分の内部に意識を集中している風の宮本。なんのMCもなくトミの腹にくるドラムが。
「一万回目の旅のはじまり」だ(宮本はいつものように前列の客を一通り目視確認していた)。

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アーカイヴ・旧BBSより(2004.10.8)

思うに「扉」は、エレカシ色満載だけども非常に「親しみやすい」アルバムだったと
いえるのではないでしょうか。詞も曲も、ファンにとってとっつき易くサービス満点でした。
でも私はたぶん、そこに一番不満を感じたのだと思います。

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アーカイヴ・旧BBSより(2004.10.5・一部補足)

(略)彼は文字通り、歴史に残るような音楽活動をしたいんじゃないかな。
でも同時に、今現在の自分に売れる勢いがなくてはダメだという相反する意識も
持っていると思う。

やっぱりポップカルチャーは文学とは違い瞬間瞬間のもので、いくらエピック時代の
作品が歴史に残る名作と評価が高くても、今売れてないと(そこそこの影響力が
ないと)彼にとってそんな評価など全く無意味なのでは。

今を生きている人間である彼にとって、かつておそろしくクオリティの高い作品を
作った人、という目で見られるのは大いに不本意なんだろうと思います。
だからエピック後、エレカシの作品はあれだけの振幅を見せているのではないでしょうか。

宮本は森鴎外を憧れや目標としているようなところがありますよね。
でも明治のエリート官僚や文学者は、近代国家や日本語の文学そのものを背負って
いたんですよね?
現代のロック歌手と比べれば背負うものの質や重みがあまりに違うわな(第一時代が違う)。
そこを鴎外たちと同じ土俵に立とうとしている宮本は、はっきりいって考えることが
むちゃくちゃだと思うけれど、言い方を変えれば気宇壮大といえるのかもしれません。

で、「Bridge」読みました。普段ここで突っ込み入れてることについて、
本人も多少の自覚はあるんだなあと思いました(笑)。
しかし、最後の渋谷さんのアドバイスはかなり頂けないです。
いまさら、四十にならんとする男の無理やり作った君僕なラブソングを聴きたいとは思わないです。
宮本なりのポップを追求してくれればそれでいいと思うのですが。
いいじゃん、バカ売れしなくてもねぇ。

アーカイヴ・「風」(2004.9.29)

発売日より一日早く買ってきました。
「風」は「扉」とは音も曲も全然違っていた。

ここ数作、エレカシの音は短いスパンでめまぐるしく変化しているが、「風」は「扉」
よりももっとストレートに、もっと宮本自身の心に素直に作られた作品だと感じた。
曲や言葉を無理やりひねり出した感じがない。肩の力が抜けていながら、
スケール感のある、年齢なりの懐の深さを感じさせる味のある作品だと思った。

でもこれは進化ではなくて、宮本が自分のなかにある引き出しのひとつ、大きな
振れ幅の中のある一点を見せただけのような気がする。
彼の中にはまだ見ぬ顔がどれほど眠っているのだろうか…恐るべし宮本浩次。

だが、正直なところ音には多少違和感を感じた。巧い人がギターで入っただけで、
エレカシらしからぬ(失礼!)洗練された音になってしまっている。
音は整理され、調和して大きな拡がりが出てきているけれど、一方でバランスの悪い、
いつものごつごつした音が聞こえないのが少しばかり物足りない。
ヘルプのギターの音が無難すぎてなんだかフツーのロックバンド(笑)みたいだ。

今回の作品は、音や歌詞が耳にひっかかることが無い分、いつものエレカシらしい
手触りには欠けているような気がする。
でも私は、「扉」よりこちらの方が遙かに好きだ。変に力が入りすぎた臭みがないし、
なによりスケールが圧倒的にでかい。音もいいし、歌詞と音が自然に溶け合っていて
とても聞きやすい(ただし「人間って何だ」の冒頭だけはちょっとダメ。苦手な歌謡
ロックの匂いが…)。

と、「風」の第一印象はかなりいい。これからしばらくじっくり聞き込んで、何かまだ
書けるようでしたら後日また。

アーカイヴ・「DJ in my life」雑感(2004.9.19・一部改稿)

「DJ in my life」の方言が話題になっているようだが、この言葉遣い自体に大した
意味はないと思う。

サムラ「イ」(略)・・・ヘ「イ」あのう「み」や青空の様「に」
「イ」ン マ「イ」 ラ「イ」フ
(略)・・・孤独にゃなれないせんせ「い」出てきて説明せ「い」
それがデ「ィ」ジェー 「イ」ン マ「イ」 ラ「イ」フ(略)
(略)めんどうくさがんな「ぃ」 ・・・たたいてみんさ「い」
(以下略)

こうしてみると判るように、この広島弁風の歌詞は、母音の「i」を生かすための
言葉選びだ。
「i」で韻を踏んでいる箇所もある。方言風の言い回しでも聞いていて引っかからない
どころかむしろ重なるi音が耳に心地いい。

「俺の道」の「ロック屋」でも、「雲の切れ間の陽の光 テリ(照り)トリーの違いが」と、
聞いていてぞくっとくる切れ味のよい言葉を使っていた。
音声としての言葉に対する宮本の繊細な感覚は本当にすばらしいと思う。
そしてそれは語の意味を逐一追っていては決して見えてこないことなのだ。

アーカイヴ・キングブラザーズ@Target.2(2004.8.28、渋谷クアトロ)(2004.9.4記)

キングブラザーズが出演するイベントTarget.2に行ってきました。
セッティングが終わり暗転した会場にSEが流れる。他のバンドならとっくに
登場しているタイミングなのに、キングはなかなか出てこない。スイッチを
オンにする儀式の最中なんだろうか。
いいかげん焦れてきた頃、袖からすたすたと三人が現れる。定位置に付いた
リーダーから普通に挨拶が。
「こんばんはキングブラザーズです。今日は楽しんでいって下さい。」で、
ジャジャジャジャジャジャジャジャジャーン!!「ルル」だ!!

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アーカイヴ・旧BBSより(2004.8.28記・一部改稿)

(略)私はエレカシには明治を感じて仕方ないんですわ。
例えばエレカシの曲と雰囲気が似ている文部省唱歌も明治以降に作られた和製の
洋楽ですよね。彼の好きな鴎外、荷風にしたって、江戸時代の人じゃなくて明治
(大正)に生き、西洋文明の波をもろにかぶりながら江戸を振り返っていたんですよ。
それは宮本も同じで、彼は和や伝統を追求しているんではなく、現代に生きつつ、
そこから自分の知らない遠い過去である江戸に憧れ、また時に土着的なものへの
指向と西洋文化の間で葛藤しつつそこから何かを生み出そうとしている人なんだろうと
思います。
決して単純な伝統主義者ではないと思う。(以下略)

(そもそもその場所から遠く切り離されなければ、その場所を懐かしんだり憧れたりする
こと自体が不可能なのですから。)

アーカイヴ・BangBangBang@新宿ロフト(2004.8.19記)

今日、久々のキングライヴに行ってきました。
イベント自体は中盤から青春の青い香りがぷんぷん、という感じでしたが、
メインステージトリのキングはそんな事は気にせずいつものキングっぷりを
見せつけて、その落差が格好良かったな。
一発目が夢の(笑)生「ルル」。ドラムが違うので重く、どす黒く、
ちょっと毒気ありなルルだった。どう乗っていいのか途中でちょっと
わからなくなった。
今日はリーダーがやや素モード(MCがタモリ化してたような)なのに対して
マーヤが高速すぎるぐらい高速回転してた。
「1981」ではフロアにダイヴした時ギターを見失ったらしく、丸腰で
ステージに戻ってギターレスのまんまでメインヴォーカルとってたし。
まるでギラギラのロックスター。
他のバンドのファンが退いてる様子がリーダーはお気に召さなかったらしく、
マーヤと一緒にフロアに突入したんだけど、途中客のアングロサクソン系
長身外国人に肩車されてしまって落っこちそうになりながらギター弾いてるんで
こっちがハラハラした。(ステージで、リーダーが口をぬぐった手が
赤かったので見たら口から出血してた!)
フロアが暖まるまで時間がかかって、完全にヒートする手前でライヴは終了、
アンコールもなかったけど相変わらずかっこよかったので全然OK!
他には「D.K.D.K.」「Let it」、新しいアルバムからの新曲を一曲、
出だしが「何か足りないこんな夜は」って曲、「消えうせろ」。
次はクアトロ、でも名古屋も見たい・・・。

アーカイヴ・ONE NITE SUMMERTIME BLUES(2004.8.12)@なんばHatch(2004.8.15記)

エレカシが出演するなんばHatchのイベントに行ってきました。

よそでも既出ですが、セットリストは1.パワー・イン・ザ・ワールド 2.一万回目の旅のはじまり
3.化ケモノ青年 4.生きている証 5.友達がいるのさ 6.悲しみの果て 7.歴史 
8.生命賛歌 9.ファイティングマン。

初めてのなんばHatchだったけど、なんか音の響きが独特。天井が高く音が散りやすくて、
空間が暖まるまでに少し時間がかかるという印象。
それもあって、一曲目はやや散漫な感じで、宮本の声も嗄れていて今ひとつ出が良くない。

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アーカイヴ・野音&鑑賞会(2004.7.4記)

昨日の野音は、近年稀に見るとっちらかった選曲と、AXとは別人のような宮本の
異常なまでのテンパりぶりに、最初本当にどうかしてしまったのかと思いました。
しかしなるほど、あの挙動不審な態度は、第二部に大物ゲストが来てたからなのね。
しかもカメラが複数入ってたし。相変わらず宮本の行動は分かりやすすぎ(苦笑)。

早い段階で、ああ、今日は「エビバデ」「おーいぇー」連発のテンパったフレンドリーモード
なんだと半ば諦め、以後不思議なくらい淡々とステージを眺めてました。
私にとっては第二部こそが野音の本編だったのかも。

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アーカイヴ・キングブラザーズ@渋谷チェルシーホテル(2004.6.30記)

キングよかったー!!@渋谷チェルシーホテル
高円寺の時みたいに、ステージとフロアが一つに溶け合うマジカルな感覚は
なかったけど、コールアンドレスポンスのしっかりある熱いライヴでした。
和田くんのドラムが「巨人」の時のようにのびのびしていて、ようやく彼の
出す音=キングの音になったんだ、と感じた。何かの曲で、マーヤとアイ
コンタクトしながら彼のギターをリードしてたもんな・・・。アンコール、
「リズム」の時のオカズの入れ方なんて今までで一番カッコよかったよ!

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ライヴ行ってきました

昨日は渋谷egg-manのイベント「破壊宙」に行ってきました。
かなりおもしろかったな。詳しくはまたの機会に。

アーカイヴ・旧BBSより「地元の朝」(2004.4.1)

「地元の朝」を私はまだ自分事として聴いてないな。宮本の心境を想像しながら
聴いてる段階です。気持ちが弱っているから実家に顔を見せるんだよね。
(「扉の向こう」で言ってた)身辺のゴタゴタが結構応えてたんじゃないかな・・・。

あと、音源では声を嗄す前にOKテイクとって欲しい。
ここ数年、さんざん叫び倒した後の声しか聴いてない気がする。

アーカイヴ・エレファントカシマシ「パワー・イン・ザ・ワールド」ツアー最終日@渋谷AX(6.18)(2004.6.20記)

AX二日目、盛り上がったライヴでした。

いつものような、今日はどうなる?といった不安な面持ちの客と宮本が、互いの
出方を探り合うような光景はなく、フロアからは最初からまっすぐな熱と期待が
ステージに向けられていた。
エレファントカシマシもその期待を正面から受け止めて、最後まで客をしっかり
引っ張っていってくれた。
正に「男子三日会わざれば刮目すべし」という言葉にぴったりのライヴだった。

今回一番驚いたのは、はじめて「踊れるエレカシ」が体験できたことか。
なんといっても今はリズム隊がエレカシ史上最強!なのだ。
会場の中ほどで聴いていたのだが、トミのバスドラで内臓が震えたのは初めての経験だった。
そんな腹にくるトミのドラムに、ひとまわり輪郭の太くなった成ちゃんのベースが
のっかり、おそろしくしっかりした音の土台を作り上げている。

そして期待通り、石くんが別人みたいに変身していた!!スライドギターあり、前へ
出てアクション混じりに力強く弾くソロありで、さすがに今回は宮本のブンブンギターも
やや控えめだ。
石くんがようやくギタリストの本能に目覚めて自己主張を始めてる!!

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アーカイヴ・「扉のむこう」覚え書き其の二(改稿版)(2004.5.13)

「扉のむこう」を見ての感想。

明治時代ならいざ知らず、30歳から成人といわれる今の37歳が、早くに偉業を
残そうと焦ったり、急いで渋くなる必要はないだろうに。
もちろん若作りする必要はないが、爆音で老いや生や死を語ったっていいだろうし、
叫ばない激烈ロックだってあると思う。

宮本の言う「勝利」が単純に世俗的な成功を指しているとは思わない。
もしここで言う「勝利」が自己イメージの実現を意味するのなら、彼の言わんとする
ところもなんとなく理解できるような気がする。
しかし、一方で幕末の物書きや明治の文豪が、宮本が思うほど強烈な自意識を
持っていたのだろうか?
自分の内側を見つめて自分と勝負して、自分が納得いくものを残せばいいので
あって、わざわざそこで「立派な大人になりたいな」なんていう必要はないんじゃないだろうか。

…て、偉そうなことを赤の他人が言っちゃいかんですね、すみません。
ま、半分は自分に言ってるようなものですから(言い訳)。

ともあれ、彼の焦りは人ごとじゃなく身につまされたし、共感もした。
ただ、これを見てエレカシは本当にバンドなの?とも思った。
宮本に対しタメ口すらきけない石君。メンバーは曲や音についてもほとんど相談
されてなさそう。この様子じゃライヴでのガチンコ勝負は難しいみたいだ。

萎縮しっぱなしの石君を見ていてひたすらもどかしかった。いつか宮本のスキを
狙ってグーパンチを入れてやれ!>石くん

アーカイヴ・「扉」---一素人の勝手な感想(2004.4.17)

自身の力の限界や挫折に直面した末、居直りにも似たかたちで生きることへの
欲求を炸裂させたのが前作「俺の道」だった。

これで宮本も迷わずに前を向いて力強くロック道を進んでいくか思いきや、新作「扉」は
意外なほど内省的な空気を漂わせた作品となった。
内省的、といえばエピック時代の一連の作品がまず思い浮かぶが、このアルバムを
聴いてエピック時代の作品をを連想するファンもいるかもしれない。

だが、あたりまえのことながらこの作品はエピック時代とはすべてが異なっている。
音数は増え、それらが重ねられることで音の奥行き感は大きく広がっている。
しかし、それが必ずしもスケール感や突き抜けた感じに繋がっていないのが「扉」の
特徴であると思う。
つかみどころのない、何となくぼやけたイメージ。その原因は、言葉の収まりの悪さ、
そしてメロディとアレンジにあるのではないだろうか。

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アーカイヴ・微妙な「扉」(2004.3.30)

今日たまたま渋谷を通ったので「扉」を買ってきました。
タワレコの特典はモノクロのお花ステッカーとポスターでした。

で、初聴きで書くのもなんですが、今のところの印象を。
前作が絶望とある種の諦めの果てに溢れだした「生存宣言」だとすれば、「扉」は
生きる証を得るためにもがき苦しむ今の自分をむりやり絞り上げて作り出した
報告という感じか。
作り込んでいない分、よくも悪くもゴツゴツとした印象があるが、聞いた瞬間に
鷲掴まれた前作のような熱の高さは感じなかった。

私がいいと思ったのは「パワー・イン・ザ・ワールド」「イージー」などで、特に「地元の朝」が
心に沁み入る名曲だと思った(NONFIXを見たあとで聞くと哀切さがさらに増してしまう)。
宮本が力を入れたという「歴史」と「化ケモノ青年」は、やはり詞が曲に合っているとは
あまり思えない。個人的には、宮本に「生き様」という言葉は使ってほしくなかった。

思うに、趣味の文学研究やそれにともなう思考は本業の音楽とは別にエッセイなんかで
吐き出した方がいいんじゃないだろうか?この様子だと今後、滝沢馬琴や永井荷風などの
近代文学者研究シリーズが生まれそうでちょっと恐い(笑)。

全体に今作の歌詞は言葉をむりやり絞り出してる感がありありと感じられてどうしても
違和感が残る。できたら歌詞にはなるべく時間をかけてほしいと思ったし、自分から歌う
題材を狭めていってほしくない、とも思った。

力強い曲もあるにはあるけど、スカッとした突き抜け感はなくて、聞き終えたあとにむしろ
重苦しさが残る作品。悲愴感や疲れみたいなものもそこはかとなく感じてしまった。
なぜだろう?歳のせいか?
宮本にはまだまだ枯れて欲しくないのだけれど。

とりとめないですが、今はそんな感じです。聞き込んで印象が変わったらまたつぶやいてみます。

アーカイヴ・Rock You Live@O-East (2004.1.15)(2004.1.16記)

Rock You Live。宮本初めてのソロステージ。コマと並ぶくらいすばらしいライブだった。

一曲目。「父を越えたい心 母を求むる心」で始まる新曲。いつもの古い傷だらけの
アコギ一本で、宮本は椅子に座って歌った。「人を愛する心」「勝利を求める心」
「それが生きている証」という言葉が並ぶ。
すばらしいところもダメダメなところもひっくるめ、今生きている自分のココロのありよう
そのままを歌っている。滅茶苦茶心に沁みた。
歌い終えた後、宮本は「どうだ!」と言わんばかりの自信に満ちた顔付きでフロアに
目を向ける。自分の書いた曲に素直に自信を持っている宮本の姿がうれしい。

二曲目は「月の夜」。これも、いつものごとく素晴らしい。
続いて「もう泣かなくていいように 夜空の星を君に全部あげよう」と始まる曲。
コマの時はこの部分の甘さばかりが印象に残ってしまったが、通して聞くと色恋の事
ばかりを歌った曲ではないようだ。ポニキャニ時代を彷佛とさせる美しいメロディーの歌。
このあたりから、コードを押さえる左手のあたりが怪しくなってきて、ひんぱんに
ギターをとちり始める。だがこんなすごい歌が聞けるならそんな事はどうだって良いのだ。

このあたりで若干MCがあったような気がする。
「(いつものバンドの時みたいに)シャツをバーッ(はだける仕草をしながら)とかが
ないから・・・(客を指して)向き合ってやってます」
それは自分がいつも石くんにやってる事だろっ!>私の心の声

途中、何の曲をやろうか散々逡巡する時間があった。
いざ思い立ってマイクに向かったが、歌が出てこず一瞬の間の後に「ありがとうー」と
叫んだのには爆笑した。
「もっとうまくできると思ったんだけどな」「もうやる曲ないから帰るよ」などとしきりにごね、
一度はステージを去りかけるが客の歓声に引き止められる。
考えて考えて、でもやはりやれそうな曲を思いつけず、結局ほとんどが新曲となってしまった。
現在レコーディング中のせいか、それ以外の作品は頭の中からきれいに消えているらしい。
不器用なヤツ。
そんな様子にも関わらず、新曲がことごとくド迫力の名演だったのだから本気の宮本は怖い。

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アーカイヴ・Peak Week 2004@新宿ロフト(2004.1.10)(2004.1.11記)

内外のインディーズ系バンドを集めたライブイベント、Peak weekにキング
目当てで行ってきた。他の出演者はwrench、メルトバナナ、ENON、battles。

キングの出番はトップだ。だが開場後しばらくたっても客はまばらなまま。
入りは大丈夫なんだろうかと余計な心配をしていたが、開演が近づくにつれて
フロアにポジションを確保する人が徐々に増えていく。ほっ。
ライトが落ち、ステージ前のスクリーンが開くと向かって左からマーヤ、和田君、
リーダーという配置。マーヤは黒ブチメガネに咥え煙草、今回は素顔(笑)。
和田君は素肌にシャツをはおり、リーダーはもこもこしたファーのハーフコートを
来ている。ゴージャス。

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アーカイヴ・12.6「人斬り以蔵」@秋葉原クラブ・グッドマン(2003.12.7記)

前日飲み過ぎて疲れてたので、ライブ開始直前まで行こうかどうか迷っていた。
でも、やっぱりカレーライスのライブが見たい、と思い直して秋葉原に向かう。
今回の対バンはインビシブルマンズデスベッド(以下デスベッドと略)、
Japonica'03、倉地久美夫。

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アーカイヴアップ中

こんな感じでこれからぼちぼちとアップを続けて行きます。
エレカシレポ自体は2000年くらいから書いていたんですが、ファイルを
保存していなかったため現在残っているのは2003年以降のものだけです。
久々に見返しましたがあんまり大した事は書いてないですねぇ(笑)。
まあ折角書いたものなので保存の意味も込めてアップします。

エレカシもようやく中年ロック、おっさんロックらしくなってきたことだし、
そろそろRIJFだけではなくエゾフェスに出演しても良い頃では?
年齢層はロキノンフェスより確実に高いし、芯からの音楽好きが集まるフェス
なので、今のエレカシを広く知ってもらうには最適なんじゃないでしょうか。
出演アーティストの発表を密かに期待してます。

アーカイヴ・エレカシ新宿コマ(2004.1.13)(2004.1.14記)

やはり、エピック責めで来ましたよ。しかも、近来稀なる「5」からの曲を
集中的にやってくれた!

一曲目の「うつらうつら」だったか、宮本はいきなり正面からトミに突っ込み、
ドラムセットを崩す。
もしや今日も不機嫌?と思ったが、その後のトミいじりはバスドラにケリを入れる程度に収まった。
序盤から早くもマイクコードと格闘が始まる。以降の宮本の自分の世界への入り込みようには
いつも以上のものがあった。冒頭の動きなどは 舞踏家の大野一雄かと思うくらいだった。

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アーカイヴ・BOMBED@難波Rockets(2003.12.29記)

キングが出演するオールナイトイベント、無事見ることができました。
スタートが20:00で、キングやウルフの出番は1:00過ぎと過酷なスケジュール
でしたが、それぞれ全くタイプの違うバンドを見る事ができておもしろかったです。
ガソリンはちょっと気になってたのですが、見た目からつかみはOK!な
盛り上げ上手の暑苦しいまでに熱いバンド。個人的にはキッスのロケンロー
オールナイトのカバーが嬉しかった。歌がちょっと弱いけどR&Bな感じがかなり
好きかも。

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アーカイヴ・2003.7.21野音(2003.7.23記)

ぐったりとしながらこれを書いています。エピック時代のライブを知らない
私にとって、今年は「奇跡の野音」でした。
宮本はまたもわれらの予想を大きく裏切ってくれました。新譜発売直後の
野音で、まさかあんなセットリストが演じられると思った人はほとんどいない
でしょう。第一部が全曲エピック時代の曲で固められていたのですから。

一曲目のイントロを聞いて耳を疑った。なんとオープニングから「男は行く」だ!
ここ10年ほどライブでやったことがないというレアな曲。もちろん私に
とっても初聞きの曲だ。
神戸チキンでキングが一曲目に演奏し、私は釘付けになったのだが、宮本は
彼らに刺激されたのか?しかしキングには悪いが、彼らとは比較にならない
音と声の厚みにしょっぱなからぶっ飛ばされる。

一曲目の時点で目がすでに向こう側にイッているのがはっきりと見て取れる。
宮本は、4月のハコライブの時のように髪を伸ばし放題にし、一見小汚い。
しかしこれが光を放っている時の宮本だ。
まるで「東京の空」の頃に戻ったかのようだ。

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アーカイヴ・宮本ダメ男?論(2003.5.2)

先日の「未完のファン考察」について少し続きを。
エレカシ=ダメ男の歌としたのは、あくまで作品の受け止められ方についてで、
宮本自身がダメ男かどうかは私にはつきあいがないのでわかりません。
とはいっても、ダメ男の土台なしにあのような曲は書けないと思うし、
個人的には宮本本人にもそういった要素は極めて強いと思っています。

もしそうだとしても彼のただ者ではない所は、音楽的才能(作曲、歌唱)は
いうまでもなく、自分のダメさ加減をある程度冷静に客観視しているところに
あると思う。
ダメ男の駄目たる所以はダメな自分に陶酔してしまい、そこに安住する点にある。
しかし初期の頃からエレカシ(宮本)の曲に自己憐憫の要素は感じられない。
むしろ、「いつもの俺を笑っちまうんだろう」とばかりにダメな自分を突き放し、
そこから先へ進もうと常にもがいているように感じられる。
だからどんなに閉塞的に聞こえる曲でも、どこかしら外に開かれており
それがエレカシの曲の普遍的な強さをもたらしているのだろうと思う。

最近のライブで披露された新曲群がたとえ「俺俺俺」ばかりの自己言及的な
ものであったとしても、この人ならミュージシャンにありがちな説教臭い「俺様道」に
陥ることはない、と私は思っています。
その一点だけは根拠も無しに信じてるんだよね、なぜか。

アーカイヴ・未完のファン考察(2003.4.29)

以前(2000-2001年頃)、エレカシのファンについてなにか書こうと思って
いたことがある。当時たまに「マダムファン」という言い方で一部のファンが
揶揄されていたが、その呼び名と実体のずれがどうにも気になっていたからだ。
「マダム」という言葉は、「ある程度年齢のいった既婚者」というニュアンスを
含む。実際宮本を猫かわいがりするファンは年齢、未婚既婚問わずいるのに、
この名でひとくくりにすることで、本来の批判とは関係ない一種の年齢差別が
生じるのがとても嫌だった(私だって全然若くないからね、年齢だけを
取り上げてとやかく言われるのは非常に心外なのだ)。そして、当時こんな
ことを考えた。

宮本(エレカシ)の音楽は、基本的に「ダメ男」の音楽である。
社会に対して疎外感を持ち、実は女々しく、負け犬気分を引きずりながら「勝ちたい
勝ちたい」と叫ぶ男の歌である。

エピック時代熱狂的な男性ファンが圧倒的に多かったというのは、程度の差はあれ
そんな宮本に自己同一化する人が多かったということだろう。
それに対し、宮本を一種盲目的に支持し、物心両面で支えたいと願う女性ファンは
いわば「ダメ男に尽くす女」であるといえる。
当然年齢に関係はなく、若ければダメ男の彼女であり、それなりの年齢であれば、
息子を溺愛してスポイルする母親かもしれない。
(これらの人たちは結果的にダメ男を拡大再生産していることになるのだが。)

幸せとは本人の主観によるので、そういうファンのあり方をとやかく言うつもりはない。
ただ女性ファンが「マダム」という呼称でひとくくりにされるよりも、こうやって考える方が
よっぽどファンの構造をすっきり把握できるのではないかと思ったものである。

もちろん全てのファンがこの構図に当てはまる訳ではない。彼らの音楽を評価している
人も多いだろうし、性別を越え宮本に自己投影する女性ファンというのも結構いるはずで、
たぶん私はその類だろう(あ痛…)。
ちなみにダメ男もタイプによっては嫌いじゃないですが(爆)、そういう人に尽くしたいとは
まーったく思っていません、はい。

エレカシの音が分厚くなっていくとともに、当時のような母性愛系ファンはどんどん
減っていったように思う。最近の宮本は自分のダメっぷりをガンガン曲に書きまくって
いるし、もうそろそろこんな毒を吐いてもいいでしょう。
ほとぼりのさめた今だから、とりあえず書いてみました。
ああすっきりしたー。

アーカイヴを作ります

ここから先、過去違う場所に書いた感想文を時々再録していきたいと思います。
時系列に沿って、古いものから順に「アーカイヴ」のタイトルでアップして
行きます。事実誤認やミスタイプ、てにをはなどは訂正していますが、
内容には手を入れておりません。エレカシとキングのレポが主ですが、
よろしければご覧下さい。

I don't knowたゆまずに

なかなかゆっくり文章を書くことができないでいます。
代官山unitのキングライヴ感想も書けないうちにもう4月中旬だ…。
(今更ですが、最悪セットリストだけでも上げます。)
もう一年の三分の一が過ぎてしまう!時間が経つのが早すぎる。
宮本先生には遙か先を越されてしまったけれど、せめて自分も倦まず弛まず
仕事をしなくてはと思う今日この頃。
とりあえずしばらくさぼっていた展覧会通いを再開します。
目標は脱・フリーズ脳です(笑)。

no title

エレカシの「町を見下ろす丘」を聴いて、なぜ自分がいまだに「扉」をいまひとつ
好きになれないのかがようやく腑に落ちた。
「扉」は、「勝利を求めひたすら戦う孤高の男・宮本と強い絆で結ばれた仲間三人」と
いう、一般的なファンの持つエレカシのイメージを全く裏切らない内容のアルバムだった。
いや、むしろそのイメージにあくまで忠実に作られているアルバムだったと思う。
もちろんそれが当時の彼らのありのままの心情であり姿であったのだろう。

しかし私が「扉」から感じたのは、作品としての完成度や瑞々しさよりも、勝利という観念や、
長年のパブリックイメージに絡めとられた一種の閉塞感のようなものだった。
バンドの個性やスタイルを作り上げる上で明確なイメージというものは必要不可欠
なのだと思う。だが一方で、あまりに強固なイメージは却って手強い足枷になってしまう
のではないだろうか。

「扉」に漂う重さや緊張感を宮本の本気さ加減やカッコ良さと解釈することもできるの
かもしれない。だが少なくとも私にはそんな風にはとれなかった。
物をつくり表現していく人間にとって、すでに出来上がっているイメージに強く捕らわれて
しまっている状態は決して良いものではないと思うのだ。

自分が「扉」をあまり好きにはなれなかった理由は、このアルバムからそんな自縄自縛の
息苦しさを強烈に感じてしまったせいだと思う。
宮本は新作で長い膠着状態を無事突破できたようだが、作品からもその解放感を
実感できるのは本当に嬉しい。
自己イメージとの付き合いというのはつくづくむずかしい、と思う。
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