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  • Author:M
  • blog “夢の巷”
    日々の感想文。

    エレファントカシマシのファンになって1○年。しかし最近はチケットがとれにくくなってきたためめっきりライヴには行かなくなってしまいました。
    近年は歌舞伎マニアと化すが、新歌舞伎座も開場し歌舞伎熱もやや沈静化。

    好きな役者さんは播磨屋=中村吉右衛門、中村歌六、中村種之助、中村米吉。萬屋=中村時蔵、中村梅枝、中村萬太郎。音羽屋さん、大和屋さん(三津五郎さんの方)も好き。上方の松嶋屋、山城屋さんもいけます。

    一番深く関わっているのは美術。ジャンルにこだわらず展覧会に足を運んでいます。
    (プロフィル写真は夜の旧歌舞伎座。)

    メールは hanaotoko [@] zoho.com まで
    (文字の間のブランクとカッコをはずして下さい)
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なんで過去形なんだよ!

最近気になる言葉。
サービス業の若者がよく口にする「~でよろしかったでしょうか?」。
こう聞かれる度に、私は心の中で「なんで過去形なんだよ!」と突っ込む。
今、まさに目の前で展開していることがなんで過去の話法で語られるのか、毎回理解に苦しむ。
思うにこの言い回しには、何かの正誤を確認するという行為の主体(=自分)を
極力曖昧にしたいというニュアンスが含まれているのではないか。
ないしは、相手が何かを注文した時点までわざわざ遡り、そこから確認を求めている
つもりなのかもしれない。
どっちにしても、「あたしゃあんたの目の前にいるんですけど???」とイヤミの
一つも言いたくなる。
「~のほう」にはかなわないが、やはり気持ち悪い言い方だ。
心当たりのある方がいたら、早めに直した方がいいと思います。

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どっちの方角だよ!

使い回しは良くないが、せっかく書いたのでこちらにも貼っておきます。一部
加筆あり。

よく野球選手が「応援の方(ほう)よろしくお願いします」と言うが、
私はその度に「応援の方ってどっちの方角だ!」と心の中でツッコミを入れる。
「カラオケの方いかがですか」と寄ってくる客引きにも然り。
「1000円からお預かりします」の「から」と同じくらい疳に障る言葉遣いなので、
これが「1000円の方からお預かりします」などと言われた日にゃ「絡むぞ
オラ」と心の中でプチ切れる(もちろん実際にはそんな事しやしませんが)。
どうしても「から」を使いたいなら、「1000円から315円を引いた685円を
お返しします」くらいがせいぜいなところだろう。正しい、正しくないの
理屈以前に、耳触りが美しくないのだ。聞いていてどうにも気色悪いのである。
ちったぁ考えて言葉を使おうぜ御同輩よ。な。

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そんな人いませんて!

新聞の連載小説を読んで思ったこと。

文中で女性の語る言葉が「~わ」「~よ」で結ばれている場合の多いことよ。
私これまでウン年間生きて来ましたが、こんなしゃべりをしている人を
実際現実には見たことがない。あ、近い例が約一名いたか。それは大人に
なり損なった元オンナノコの中年女性だったが(註:私がかつて多大なる
実害を被った上司なので表現辛め)。
かつてならいざ知らず、これをいまだに女性話語のスタンダードとして
用いるのは実際の話どうなのよ、という気がする。
ま、出てくる女性がすべて「~でね」「~だよ」な調子で喋ってたら
人物がすべてモノセックス化してキャラクターの描き分けが難しくなる、
ってことなんだろうな。だとしたら、これは一種暗黙の約束事として
文学の中だけに存在している架空の話法といえるかもしれない。それに
しても同時代の物語として読むにはけっこう違和感があるんで何とか
ならないもんか。
そういえば、自分がテレビドラマの脚本にリアリティを感じるのは、
女性がそんな言葉遣いをしてない作品だったりする。

いや、それとも私がシモジモ過ぎて、そんな日常会話を交わす人を見た
ことがないだけなのか(笑)。今も太宰の『斜陽』みたいな喋りをしてる
人がいたら会ってみたい気もする。たぶん、五分と会話は続かないだろうけど(笑)。

近頃よく見る言葉

最近「真逆」という言葉をよく見かける。
いつの間にか頻繁に目にするようになったが、この言葉、数年前までは
ほとんど使われていなかったと思う。同様の意味を示す「正反対」や
「対照的」という言葉があるのに、今ではこれらの言い回しを聞くことが
少なくなり、「真逆」の方が(特に若い世代に)好んで使われている
ような印象がある。
ある状態を感覚的に示すにはとてもわかりやすいのかもしれないけど、
対象を一刀両断する響きが耳にひっかかり私はあまり好きではない。
少なくとも繊細さや幅を感じさせる言葉だとは思わない。
これがいつ頃、どのあたりから使われ始めたのかは知らないが、おそらく
ごく新しい言い回しなのではないだろうか。
その出自が最近少し気になっている。
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